内容
地震発生から1ヶ月。
寿恵子(浜辺美波)の店のある渋谷は、多くの人にあふれていた。
そんななか相島(森岡龍)が訪ねてくる。
そして寿恵子は、万太郎(神木隆之介)と話し合って。。。
敬称略
作、長田育恵さん
う=~~~Nn,....また。。。まただ。。。。
今作は、どうしても“時勢”を描きたいようだ。
そもそも、今作は、“歴史ドラマ”や、“歴史番組”では無い。
ましてや、NHKが毎年のように作っている“震災ドラマ”では無いのである。。
そう。そこまでの詳細な説明は、不必要で。
むしろ、邪魔なのだ。雰囲気を壊すことも多いし。
描きたい気持ちも分かるが。
そういうことを描くならば、
長屋はどうなった?とか。渋谷での暮らしは?とか。
今現在の万太郎は、何をしているのか?
1ヶ月で、何をしようと決意したのか?とか。
そういう“コト”を描くことが、本来“ドラマ”が描くべきコトだ。
なのに、なぜか。。。
そのうえ、万太郎と寿恵子のイチャイチャ描写。
例えば、今回のイチャイチャ直前の語り合いで、違和感を覚えなかっただろうか?
そらね。
描こうとしていること自体は、何も間違っていない。
じゃ。じゃあ。。。である。
初めての子が。。。。。の後は???とか。
色々あったけど、唐突に田邊が。。。。の後は???とか。
それこそ、祖母が。。。峰屋が。。。。とか。。。。
大きな出来事を、今作は、有り得ないほど混ぜている。
でも、今作は、
何事も無かったかのように、次の話を描いてきたのだ。
なのに、
今回だけは。。。。??
これでは、万太郎のコトは描写出来ていないし。
それこそ、寿恵子のコトも描写出来ているとは言えない。
だって、それが“連ドラ”というモノだからだ。
まぁ、今作は、連続性と一貫性を感じにくい“連ドラ風ドラマ”なので。
あとは、視聴者任せなのかもしれませんが。
何度も書くようだが。
“ドラマ”は、描いているコトが“全て”であって。
視聴者の脳内補完は、“ドラマ”ではありません。
本家の感想。
https://plaza.rakuten.co.jp/tokukougi/diary/202309220000/
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