『決断の時』
内容
舞(福原遥)の父・浩太(高橋克典)が急死。
悠人(横山裕)だけでなく、
祥子(高畑淳子)も貴司(赤楚衛二)とともに、五島から駆けつける。
敬称略
作、桑原亮子さん
演出、田中正さん
別に、どういう展開だろうが、どうだっていいのだ。
基本的に、今作。特に、メインの部分は、雑だし。
期待出来る部分が無いから。
今回にしたところで、違和感だらけ。
指摘するだけ、時間だ無駄なので、無視しておく。
1点だけ、気になったことを書いておくと。
貴司は、いいや。
いつまで、五島にいるんだよ!?という疑問はあるけどね。
それよりも、“あの親子”は、どうなった?
そっちのほうが、気になるわ。
これ、どうなったかをシッカリ描かないならば、
盛り込んだ意味が、全く無いからね。
当然、主人公が五島に行った意味さえ無くなってしまう。
こういうところだよ、今作のダメなところ。
今回だって。。。ひとつ指摘しておくが。
じゃ、あれだけ、盛り込んできた友人たちとの絡みは、
貴司くらいしかないし。
幼なじみ、バードマン、航空学校、ついでにIWAKURA。
登場人物を、“これでもか!”と、盛り込んできた割に、
これですか?
まさかと思うが。“類は友を呼ぶ”でしょうか?
今作の主人公と同じで、自分しか考えていない人たち。。。ってこと?
“連ドラ”だよね?
そらね。最小限のモノもあるのも事実だけど。
でもね。分かる人には分かるだろうが。
こういうシチュエーションだからこそ、
人間関係および距離感、そして人間性が見えるのでは?
お涙頂戴を狙って、回想を盛り込みまくっているけど。
それらは、視聴者的には、初見のモノばかりであり、
視聴者側に、よっぽどの“経験”が無ければ、感情移入さえ出来ない。
あっても、出来ないだろうけど。
逆に、“経験”が全く無いほうが、素直に見ることが出来るかもしれないが。
だったら、それこそ、知人、友人などからの“言葉”で、
お涙頂戴の場面を作る方が、
よっぽど、分かりやすかっただろうに。
今回の場面で言えば、祥子とめぐみのやりとりなんて、それに近いが。
コレでさえ、それを描くための“準備”である
めぐみにとっての父を描いてこなかったため。
唐突感が生まれ、“ドラマ”として、浮いた感じになってしまっている。
こういうのも“連ドラ”として、
今作が、シッカリと描いてこなかったために、起きてしまったことだ。
今回のエピソードって
今作が“連ドラ”として、雑だったこと、雑であるコトを、
図らずも証明してしまったエピソードだと思います。
本家の感想。
https://plaza.rakuten.co.jp/tokukougi/diary/202301090000/
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