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天地人 第7回 母の遺言

『母の願い』

内容
謙信(阿部寛)による信長(吉川晃司)討伐に従軍し、
初陣となった兼続(妻夫木聡)であったが、
法度を破るという失態を犯し、謙信により帰国蟄居を命じられた。
上田庄・雲洞庵にこもってひと月となった、ある日のこと。
弟・与七(小泉孝太郎)が、様子を見るためにやってくる。
兼続は、自らの失態に会わせる顔がないと嘆き。
話の中から、母・お藤(田中美佐子)の容体が良くないことを伝え聞き、
ショックを受ける兼続であった。

そんななか、北条軍が、関東の上杉方の城の攻略に動き出したことで、
雪の中、七尾城攻めが進まぬ上杉軍は、攻略を一端中断し、
関東の北条に向け軍を返す決断を、謙信はするのだった。
そして春日山城に戻った謙信の元を、景綱(宍戸錠)が訪れる。
兼続の蟄居を解く嘆願であった。
それから数日後、景綱は亡くなるのだった。

そうこうしているうちに、北条勢を抑えることに成功した上杉軍。
上杉軍にはお船(常盤貴子)の婿となった信綱(山下真司)も加わり、
あらためて、七尾攻めが開始されようとしていた。

そんなさなか。雲洞庵に母・お藤が危篤という知らせが届く。
頑として帰ろうとしない兼続であったが、
北高全祝(加藤武)は、『己を見つめ直せ』という謙信の言葉で説き伏せ
お藤の元に急がせるのだった。
が、、、兼続が家についてまもなく。母・お藤は、息を引き取る。

兼続は、自らを親不孝者と責め、
母は何か伝えたかったようだと。。。思い悩みはじめる。

敬称略




お藤『紅葉になるのです』

どうやら、『殿』のために、働けと言っているようです(笑)

いや、上杉のため、越後のため。そして、人民のため。
と、、信じたいところです


今回やったのは、そんなところだ。

泣き虫与六、ヘタレ与六を返上した。。。。かもしれません


ほんと、『かも』ですよね。

ま、、最後にはなんだか、お船まで加わって
早く言ってれば、私と結婚できたのに。と、、、

なんか、よく分かりませんが、
おせんには、“未練”があるようです。

ほんと、よく分かりません(苦笑)


だって、そんなに、その部分を盛り上げようとしたような感じもないし。
たしかに、結婚することを伝えてましたけど、
兼続の方は、どうも曖昧だし。
お船だって、イマイチだったのに。


なぜだか“未練”だそうで



もういいや。。。ほんと。


そんな、“兼続の生まれ変わり”を描いた今回。
ネタフリも万全?。。。と言っておきましょう



しっかし、今回も“舞台”のようなモノ多かったね。
ただし前回と、大きく違うのは

その演出に“意味”があるところである。


前回は、“ただ入れていただけ”であり、まったく無意味であった
今回は、亡霊の母と会う部分も含め

“兼続の心の中”をピンポイントで表現している。

それが、壊れたのは、ラストのお船との部分だけ。
ま、、“白昼夢”と考えれば、コレもまた、ギリギリセーフだ。



本来ならば、“1人だけ”なので、
こういった使い方が、適切であり、

間違っても『一騎討ち』なんて、“大きな事件”であっても
やってはいけないことだ。

そこに“兼続のセリフ”でもあれば、違ったんですけどね。
そう言うのもなかったし。。。。
あ。。。前回の文句になっているから、もうやめておきます。


と言う事だ(笑)



どちらにしても、
人間関係をあまり描かずにきた、このドラマ。、
母との関係もまた、“兼続の座禅”だけでは、かなりイマイチな印象。

たとえ“回想”を交えていても
“気持ち”が見えなければ、あまり意味が無いことなのだ


実際、見えなくもないが
雲洞庵という場所。そして、北高全祝というアイテムがあるのだから、
もっと、上手に利用すれば、
兼続の心が、前面に押し出されたでしょうに
。。。。


ま、なんだか良く分かりませんが
兼続は“紅葉”となり、
“愛”“義”のために散っていく覚悟を決めたようです!?



ホント、何やってるんだろ...このドラマ。
“紅葉”って、、それ、、分かるのか?
インパクトあった?

ないと思うけどなぁ。。。

それこそ、“越後のため、殿のため、命をかけろ”というほうが。。。。。

なんで、そんな回りくどい言い方ばかりするんだろ。

視聴者に伝わらなければ、意味が無いのに。。。



2度見しての追記

ま、、、一度目も思っていたことなのですが

“瞑想”って、汚い“方法”ですよね。

なぜか?

内容を曖昧にすることが出来るし、
『気持ちが込められている』と言えば、そう言う見方も出来るわけです。

視聴者が感じ取ることが出来なければ、
俳優や、視聴者の『せい』にも出来ます。

そう!
こんな『手抜き』で、いろいろな『解釈』『イイワケ』が成り立つのです。

でもね、今回
『もう泣かない』と言ったわけです。

泣いたのは、肉親の『死』である。

この『泣かない』は、『決意』の表れでもあり『変化』の兆しでもあるのだ。

が、このドラマ、
感情表現、演出が下手なために
『変化』が見えないという、なんだか分からない状態になっている。

本来ならば、『瞑想』のなかに、
兼続の『葛藤』『悩み』を描き、

『泣き虫与六、ヘタレ与六』を表現すべきなのだ。

それを表現してこその『変化』なのである。

このあたり、視聴者に丸投げ状態で、
結果的に『変化』が『変化』に見えないというとんでもない状態に
陥ってしまったいるわけだ。

たとえば、今回。。『泣いた』のは、『死んだ』からだ。

これでは、兼続の変化の『Befor』は、表現できていない。
『After』だけを表現して、
人任せ。..視聴者任せで、責任の押しつけだ。


ほんと、『汚い方法』を使ったモノだ。。。。。

『変化』が見えなければ、意味なんて存在しないのに。。。。


そのうえ、主人公にやらせたことは、瞑想が大半で
最後の10分程度しか、関係のあるドラマがないという
とんでもない状態。。。。。

もう、、ボロボロだな。..

これまでの感想

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